先生紹介
瀧口 千枝 准教授
健康科学部 看護学科 トランスレーショナル看護領域
重症患者のケアを行う医療チームの
コーディネーター役としての看護師の在り方を追究
現場の看護師から大学院に進学した意図は?
16年間、臨床の現場で看護師として活躍後、東京医科歯科大学大学院に進学して研究活動をスタート。昨年春に本学に移籍した健康科学部の瀧口千枝准教授。大学院に進学した意図についてうかがうと、
「臨床ではICUと救急外来で重症患者さんの看護をしていました。ICUでは、救命できて病気が治ったとき、体力が低下したり心身の合併症を発症したりして自宅に帰れないケースを多く経験しました。そういう悔しい経験の中で『元の生活に戻るために、超急性期から看護師にできることがもっとあるんじゃないか?』と考えるようになりました。それに取り組むには、もっと専門的な知識と技術が必要だと思って大学院に進みました」
専門は、生命が危機的状況にある重症患者を対象としたクリティカルケア看護学。そして、本学での所属は看護学科のトランスレーショナル看護領域だ。トランスレーショナルは基礎から臨床への「知識・技術の移転(連携)」を表す言葉。"生活体としての個"にスポットを当て、個人の健康生活を支援する実践力の育成と研究を目的とする領域だ。また、成人、老年、母性、在宅などさまざまな看護領域を"つなぐ"ための研究にも取り組む。瀧口准教授の職歴にフィットしたフィールドと言えるだろう。
「健康科学部は生まれて3年目のまだまだ新しい学部。そのためか、『新しいことを開拓していこう』という"攻めの姿勢"がみなぎっているように感じます。教授をはじめとする大学側も学生たちも、みんな元気で新たなことにチャレンジしやすい環境。私はこの学部の研究・教育環境がすっかり気に入ってしまいました」
多職種連携の実態を明らかにし看護師の能力を測る尺度を作成
そんな瀧口准教授が最初に手がけた研究が、修士論文となった『人工呼吸器装着患者の管理における看護師の他職種チーム調整機能の構造』。重症患者管理に携わる医療者40名への参加観察と面接の調査をまとめた労作だ。
「ICUの重症患者さんの管理の中で、看護師はどんなふうに多職種医療チーム活動を調整しているのか、その実態に迫った研究です。結果、看護師は超急性期から患者さんの退院後の生活を見据えて、呼吸・循環とのせめぎ合いの中で日常性を維持するためにチームに働きかけていました。また、他職種へのインタビューでは看護師が他職種の機能をアシスト、例えば、リハビリが必要と判断すれば医師に開始を提案し、リハビリ時にはPT(理学療法士)にその日の全身状態や患者さんの意欲などの情報を提供することで、状況に最適で効果的なリハビリを創り上げていることが明らかになりました。さまざまな職種がそこにいるだけではチーム医療とは言えず、目の前の患者さんの状況にチーム構成職種の機能を結集しコーディネートする役割が必要で、それに最適なのが看護師だとこの研究から明らかになったのです」
瀧口准教授がこのあと博士論文としてまとめたのが『クリティカルケア領域の人工呼吸器装着患者管理における看護師のケアコーディネーション能力尺度の開発』だ。
「重症患者さんの最善の状況をめざしてチーム医療をコーディネートするには、臨床判断能力や交渉力など高い能力が必要です。では、その能力をどう見極めればいいのか、どんなことができれば『高いコーディネート能力があるといえるのか』がわかれば教育に活かせると考えました。それで再び調査を実施し、能力を構成する要素を明らかにし、点数化できるようにしたのがこの研究です」
つまり、この分野における看護師の能力の、新たな"評価ツール"を作成したわけだ。この研究は国際的な専門誌で発表され、その内容に興味を持ったイタリアと中国の研究者が「自国にもこの尺度がほしい」と要望。現在、両国で尺度の翻訳が進んでいるという。瀧口准教授の研究は、この段階からグローバルな広がりを見せ始めたのだ。
「国によって看護に関する文化や制限が違うので、どういう結果になるのか……。私も楽しみに進展を見守っています」
臨床経験を活かして臨床と教育をつなぐ!
そして、本学に移籍して1年後の今年から取り組んでいるのが、『集中治療後患者の機能回復を目指した継続的多職種フォローアップモデルの開発』という研究だ。
「これは、これまでの私の研究活動の集大成ともいえる研究です。重症患者さんが元の生活に戻るためには、ICUのケアを改善するだけでなく、一般病棟、外来、在宅、地域まで継続して支援していくことが必要です。看護師が患者さんの伴走者となって、継続して必要な職種から必要なケアを受けられるようにコーディネートしていくシステムを構築したいのです」」
現在、医療界ではPICS(集中治療後症候群)に注目が集まっている。これはICU在室中や退院後に生じる体力減退、運動機能障害や認知機能障害、各種の合併症の総称だ。瀧口准教授の研究は、このPICSへの対策にも大きく寄与するだろう。
自身の研究に精力的に取り組む瀧口准教授だが、かつて16年間携わった看護師としての実務には、もう未練はないのだろうか。
「実は1年くらい前まで迷っていたのです。やはり臨床の現場に戻るべきなのではないかと。もともと現場に知識や技術を還元するため、大学院に進んだわけですから。でも、この学部にきて学生の授業を担当し、彼らが成長する様子を見て気持ちの整理がつきました。臨床経験を活かした学部教育を行うことで、臨床と大学をトランスレーションする。そして臨床のスタッフと共同研究を行い成果を現場に還元する。それが『医療界全体に貢献することになる』と考えて、この素晴らしい環境の中で教育、そして研究活動を続ける決意を固めたのです」
意欲に満ちた表情でこう語る瀧口准教授は、すでに次の研究課題について構想を練り始めているという。
瀧口 千枝准教授に聞く!

Q1.座右の銘は?
A.一期一会
Q2.趣味、息抜きは?
A.家に帰って夫と子どもたちとおしゃべりしながら楽しく夕飯を食べるのが一番の息抜きです。休日は、家族でテニスやボウリングに行ってリフレッシュしたりしています。
Q3.健康科学部の学生の印象は?
A.既存の知識や考察に捉われず、自分の言葉で自らの考えを表現できる学生が多いと感じます。感性が豊かな学生が多いのだと思います。看護は対人関係のプロセスです。素直に感じることができること、それを伝えることが基盤になります。そういう意味で、看護師として伸びしろの大きい学生が多いという印象を抱いています。
Q4.東邦大生へのメッセージ
A.一期一会の言葉を送りたいです。うまくいかないことや、失敗してしまって後悔することもあると思います。でもそういう経験も1つの出会いだと思います。自分の成長につながる経験が必然的に起こっていると捉え、どんな経験も、前向きに、大切に経験できたらいいなと思います。

瀧口 千枝 准教授
1972年、千葉県鴨川市生まれ。千葉県立衛生短期大学で看護師資格を取得し、1994年より市立青葉病院で看護師として活動する。2010年、東京医科歯科大学大学院・保健衛生学研究科に進み修士・博士課程を修了。2012年より同大学の技術補佐員、リサーチアシスタント、ティーチングアシスタントを務め2018年4月、東邦大学健康学部に講師に就任。2023年より准教授。